2012年01月27日

本 『評伝 アレクサンドル・コジェーヴ』(ドミニック・オフレ著)(第二章・亡命)

副題 「哲学、国家、歴史の終焉」
今野雅方(こんの・まさかた)訳、パピルス
Dominique AUFFRET : ALEXANDRE KOJEVE






コジェーヴは、ヘーゲル主義者であり共産主義者、マルクス主義者であり、かつ亡命ロシア人であり、哲学者、官僚、フィクサーであり・・・。コジェーヴとは、いったいどんな人物だったのか?その政治哲学とはどのようなものなのか?現代にも多大な影響力を「行使している」ように思われるコジェーヴ(1902−1968)、若くして祖国ロシアを「脱出」してドイツへと向かった・・・。


第二章 亡命。難しいところもあるが、半端なくおもしろい。ヘーゲルが鍵であることは間違いないが、仏教、パルメニデス、デカルト、ゲーテ、ドストエフスキーなどについての考察も興味深い。今回読んだ第二章のなかに「幻想 − デカルトと仏陀との対話」という項もある。











「実存せざるもの」。


・・・換言すれば、コジェーヴの語る実存せざるものが、一般に、存在や思惟やパルメニデスが拒否した「非存在」やデカルトの「我」がもつ同一性、在るものは在り在らぬものは在らぬという単純な同一性を排除する可能性をもつものである、ということを意味する。・・・ここで重要なことは、西欧の伝統的な存在論的思想の精神に合致しない実存せざるものや非存在の存立形式を彼が視野に入れた、ということである。・・・(P115)










「コジェーヴの実存せざるものの概念にふくまれる否定は」、「存在に根本的に対立する意味をもたない」。


・・・彼がここで試みた用語上の区別から明瞭に窺えることは、彼の心にいだかれた実存せざるものをパルメニデスが存在への対立項として打ち出した単なる非存在と同一のものとして捉えてはならない、ということである。・・・コジェーヴの実存せざるものの概念にふくまれる否定は ―デカルトの思想との関係で二者択一として現れたときに外見上かつ逆説的に対立する意味を帯びるときをのぞくならば― 存在に根本的に対立する意味をもたない。彼の語る実存せざるものは実存し・ないものや非存在ではなく、したがって実存を積極的に否定する働きをもたない。・・・(P135,136)










「ニヒリズムを乗り越えて」。


・・・コジェーヴは生活の種々相に愉しみを見いだし、意表をつく逆説をはなっては人を困らすことを好んだ。そして、彼がこの種の嗜好を身につけたのは、おそらく、ナチズムに支配される以前のドイツで、時代の流れとは無縁の生活をいとなんだ時期であったと推察される。だが、スタヴォローギンと異なり、コジェーヴの人生は自殺では終わらなかった。彼は、実存においても、歴史の把握においても、決してニヒリストにはならなかったのである。ある意味で、コジェーヴは監獄のなかですでに「内的な」自己否定、というよりもむしろ「究極的な」自己否定を経験しており、そのためニヒリズムは生の哲学一般に属するものとして逸早く、それも永遠に乗り越えられていたと言うことができよう。彼はニヒリズムを乗り越えて生を享受する術を覚えたのである、あるいはむしろ充足する術を身につけたのである。・・・(P207)










『評伝 アレクサンドル・コジェーヴ』 目次概略

序 知る人ぞ知る

第一部 
第一章 幼年時代から革命まで 1902−1920
第二章 亡命
第三章 パリ − 絶対知を求めて

第二部
第四章 1933年から1939年までのセミナー
第五章 戦争
第六章 知られざるコジェーヴ − 歴史の終焉と政治 1945-1968

第三部 
第七章 歴史の終焉と文化
賢者の死
レイモンド・バールとの対話 1989年3月
年譜
訳者あとがき

人名索引
文献一覧



posted by 米仙 at 08:22|

2012年01月25日

本 『評伝 アレクサンドル・コジェーヴ』(ドミニック・オフレ著)(序、第一章)

副題 「哲学、国家、歴史の終焉」
今野雅方(こんの・まさかた)訳、パピルス
Dominique AUFFRET : ALEXANDRE KOJEVE




コジェーヴ、その著書『権威の概念』を読んで衝撃を受けたわけだが、その生涯も実に波乱に富んでいる。


今、世界各地で「革命」が進行しているように見えるが、本書はその理解を飛躍的に促すものであると思っている。(コジェーヴは、革命と反革命を「統合」してしまうのだろうか?できるのだろうか???)


最初の「序」は難しいので、いったん後回しにしたほうがいいかもしれない。










「歴史の終焉」。


・・・実は、歴史の終焉が表現していることは、ある必然的な過程である。一九六八年にコジェーヴが人類は世界国家へ「突き進む」と語った過程である。したがって、その未来における到来はもはや人間の歴史的自由に依存しているわけではない。未来への骰子はナポレオン以来すでに投じられているのである。以上に加えて、コジェーヴはマルクスもまた普遍国家の到来を予期していたことに注意を促し、その予測に全面的に同意する。・・・歴史の終焉は「足踏み」していると言うことができる。それほどにこの歩みは緩慢としており、そのため歴史の生成にも拡大にも気づかずにいられるほどである。・・・(P22、23)











コジェーヴは、「非合理な宿命論の方を好む」。


・・・戦争や倫理的な葛藤、人間の決定や行為が若いコジェーヴの関心の対象をなしているのである。ニーチェ的な内容をもつ議論を展開したとして、彼は国家の決定に対するソクラテスの反論を拒否する。これはニーチェがソクラテスに対してしめした酷評と嫌悪を知るとき、逆説の極地と見えてくる。思惟作用をもつとはいえ彼にとって展開が不適切でありしたがって錯誤を犯さざるを得ない理性よりも、彼は非合理な宿命論 − 不正を拒否するに際して良識を排除しないが、その良識が正当化できず理性の立場からは実現不可能な宿命論 − の方を好む。・・・(P54)









哲学は、「価値を「評価する」ことに役立つものでなければならない」。


・・・彼は不明瞭にではあるがすでに答えを出している。―もし哲学が存在するならば、それは生の哲学でなければならない、哲学はこの世に生きるという人生の根本に存する行為そのものを「判断する」ことに役立つものでなければならない、あるいはむしろ、よりニーチェ的な意味をこめて語ると、その価値を「評価する」ことに役立つものでなければならない、したがって哲学の問題とは死の問題に他ならない、「死を思う」ことなくして人間的に生きることは不可能なのである―、と。・・・(P77,78)










「見ず知らずの人間によって死に追いやられる「恐怖」が革命にはともなうことを理解した」。


・・・コジェーヴは密告・逮捕され、独房のなかで同年齢の若者が次々に消えていく様を目にする。彼らは銃殺刑へと引致されて行ったのである。このときになって彼は自分の生命が危機にさらされており、見ず知らずの人間によって死に追いやられる「恐怖」が革命にはともなうことを理解した。・・・試練を抜け出たとき、反革命論者になっていたであろうと想定する方が自然である。ところが、既述のように、事実は逆であった。彼は監獄のなかで「革命の理念に魅了され」、世界史にとり「何か本質的なもの」が起こったことを理解した。・・・(P80)











「すでにうしなわれている」、「水のなかの水」のように存在する原初的な「幸せ」。


・・・人間はその関係のなかに―一九三九年のコジェーヴの分析の後をうけて動物性を分析したジョルジュ・バタイユの表現を借りれば―「水のなかの水」のように存在する。この原初的な関係のなかに存する人間相互の合一や同一性や調和の価値がどれほどのものであるかを人間が認識できるようになるのは、相互の分離と痛切な別離とを経験した後のことでしかないが、そのとき合一はすでにうしなわれている。はっきりと自己意識の確立した人間の満足できる「幸せな」原初的合一はそもそも存在しないのである。真の満足があると考えられるとすれば、それは常に分離によって媒介され獲得された第二の合一となる。・・・(P96)








「権力」と混同されがちな「権威」、についての研究『権威の概念』を読めば、コジェーヴの凄さに打たれることうけおい。『評伝』も第一章からいきなり王手。





『評伝 アレクサンドル・コジェーヴ』 目次概略

序 知る人ぞ知る

第一部 
幼年時代から革命まで 1902−1920
亡命
パリ − 絶対知を求めて
第二部
1933年から1939年までのセミナー
戦争
知られざるコジェーヴ − 歴史の終焉と政治 1945-1968
第三部 
歴史の終焉と文化
賢者の死
レイモンド・バールとの対話 1989年3月
年譜
訳者あとがき

人名索引
文献一覧

posted by 米仙 at 07:45|

2012年01月23日

本 『ローマ人の物語28』(塩野七生著)

副題 すべての道はローマに通ず 下
しおの・ななみ著、新潮文庫



まずは本書扉の作品紹介から。


・・・広大な版図に街道網を整備し、「インフラストラクチャーの父」とも讃えられる古代ローマ人。しかし、彼らが重視したのは、いわゆる公共事業的なインフラだけではない。教育や医療といった「ソフトなインフラ」においても、ローマは他の民族に先駆けて様々な制度を確立していた。「ローマによる平和」を人々が享受できた背景には、これらの社会基盤の充実があったのだ。一千年の栄華を誇った古代ローマ、その繁栄の秘密が明らかになる。・・・









文庫版27,28巻は実に実用的。最高の一冊。


インフラといえば大掛かりな工事を想像するが、その維持・整備・修復の重要性が身に沁みて感じられ、ついつい日曜大工的なことから換気扇の掃除など、何かと「整備・修復」作業をしたくなり、実際、読みながら作業するといった感じで、読了するのが遅くなった。


後半の主役は医療と教育。どちらも現下日本で大問題なのだが、これは非常に参考になった。ローマ人のやり方に対して非を唱えることは、それが的外れであるか否かを別にすれば、難しいことではない。注意深い医師や教育者は、現在のあり方が持続可能だとは考えていないだろうから、ありうべき姿として、ローマ人のやり方を知っておいた方がいい。










「インフラとは、需要があるからやることではなく、需要を喚起するためにやることであるのかもしれない」。


・・・まるで、自動車も所有していないのに立派な自動車道を通し、浴室もない家なのに本格的な水道を引いたようなものである。とはいえ、しばらくの後にしても自動車はもて入浴も毎日できるようになったのだから、インフラとは、需要があるからやることではなく、需要を喚起するためにやることであるのかもしれない。・・・(P22)








「ギリシア文明がおよばなかったもの」。


・・・建築でも芸術でも自分たちのほうが断じて優れていると確信していたギリシア人も、ギリシア文明がおよばなかったものとして、ローマ人による街道と上水道と下水道の建設をあげている。このうちでも上水下水ともの水道の完備には、衛生対策という重要きわまりない役割があったことを忘れるわけにはいかない。・・・(P65)









「その半世紀後、ローマ帝国は滅亡した」。(現在、ローマとは真逆のことをしている国もある・・・)。


・・・これは実に、興味ある現象である。小学校も中学校も高等学校も私立であったのが、ローマ帝国の教育制度の特色だ。全員がローマ市民権を与えられ、つまり属州税という直接税は免除され、この特典を与える代わりに適切な授業料で教育に当たれというのが、カエサル法の意図であった。国定教科書やカリキュラムのようなものは存在せず、教材の選択も教育法も、当の教師に一任されている。教育効果が良くなければ親は別の私塾に子供を送るようになるから、これはもう自由市場というしかない世界であって、教師もそれなりの努力を忘れるわけにはいかなかったであろう。この種の競争から無縁でいられたのが、最高学府の教授たちだった。そのような場での教育は受けてもいなかった皇帝たちなのに、研究と競争は必ずしも良き関係にはないということは知っていたのであろうか。しかし・・・公営化された・・・その半世紀後、ローマ帝国は滅亡した。・・・(P159)











「人間が人間らしく生きるうえで必要な大事業」。本書帯から。


・・・ローマ史上の疫病流行の事実は、(中略)驚くほど少ないのである。医聖ヒポクラテスは、病気の治療よりも病気を予防することの大切さを説いたが、ローマは国家規模でそれを成し遂げたのである。あれから二千年が過ぎた今日でも、地球上に住む人のうちの少なくない数が充分な水を使える状態にない事実を知れば、清潔な水の安定供給を、人間が人間らしく生きるうえで必要な大事業、として疑わなかったローマ人の、公共心には感嘆してしまう。・・・







ギリシャ・ローマと並べられることが多いが、ギリシャとローマは全然ちがう。その違いが本書で明確に解かる。ローマ人は、実に一所懸命であった。


「世界」各国に残る遺跡のカラー写真もいい。








『ローマ人の物語28』 目次概略

カバーの銅貨について
ハードなインフラ(承前)
 4 水道
 
ソフトなインフラ
 1 医療
 2 教育
巻末カラー 属州のインフラ

おわりに

posted by 米仙 at 08:30|